差別とかの話

日常 everyday life

6月はプライド月間です。
世界各地で「プライド月間(Pride Month)」とされ、LGBTQ+の権利について啓発を促すイベントが開催されています。

日本だとまだLGBTQ+に関して知識が無かったり、
まだまだ差別される傾向にありますよね。
それは少しずつ啓蒙していくしかないんでしょうけど、
つい先日プライド月間に関して記事を読んでいて、『プライド月間だから』、『LGBTQ+に配慮しているから』と言って何をやっても、何を言ってもいいわけではないんだなと感じることがあったので、ここに書いておこうと思います。

6月はプライド月間です。
プライド月間なので、本当の自分をさらけ出そう。
プライド月間だから女装していても大丈夫。
プライド月間だから有色人種にも権利があることを主張しよう。

プライド月間なのは正しいんですけど、
啓蒙する側が『プライド月間だから』と言ってしまうのは拙くないですか?
プライド月間だろうが、なかろうが、LGBTQ+の権利は常になければいけない物ですよね?
6月だけ本当の自分をさらけ出せる みたいな言い方をしてしまうと他の11ヶ月はこそこそしていろよと言っているような気がしてしまいます。

そして『有色人種にも権利があることを』
は?無いとかそもそも思ってないですけど?
差別されていること前提ですか?
というか差別していると自覚しているんですか?

とLGBTQ+であること、有色人種であること
でも大丈夫!
と言うことが差別なのではないかな?とも思うわけですよ。

差別を無くすことが目的で啓蒙していくのは大事だと思うんです。
だけど、表裏一体で「差別があるから無くそう」ということで差別を植え付けてしまっているんですよね。
それぞれの個性を大事にしよう。お互いを尊重しよう。
と言うくらいがちょうどいいんではないですかね?
特定の層をターゲットにして、『こういう人たち』も受け入れましょう
というのは『こういう人たち』に失礼な気がしてしまいます。

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